プロジェクト
【地域価値共創×グロースプランニング Vol.1】
アート思考でソーシャルビジネスの未来を描く(前編)
人形師/アーティスト・中村弘峰×株式会社上向き・白坂大作
ビジネスをグロースさせることが、そのまま社会課題の解決につながる……。そんなソーシャルビジネスを掲げるスタートアップが注目されています。しかし、ライバルひしめく市場に参入し、「社会に良いこと」をビジネスとして成立させるのは至難のわざ。そんな時、アーティストの発想力がヒントになるのでは……?
電通九州は、福岡市が取り組むアート振興プロジェクト「Fukuoka Art Next」のプロジェクトパートナー企業として、アーティストの活躍の場の拡張や、アートとビジネスを掛け合わせて生まれる可能性を模索しています。その最初の試みとして行われた、今回の対談。電通九州グロースプランニング部の塚本をファシリテーターに、アーティストとスタートアップ代表の2者が縦横に語り合った濃密な時間を、ぜひ体験してください。
(左)人形師/アーティスト・中村弘峰
1986年福岡県生まれ。2009年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。11年に同大学院を修了後、父であり、博多祇園山笠・土居流の舁き山人形のつくり手でもある博多人形師・中村信喬に師事。「中村人形」の4代目を継ぎ、伝統を重んじつつ現代性を取り入れた斬新な作品を手がけている。2023年には世界水泳福岡大会の一部会場における装飾デザインや、大名ガーデンシティの狛犬モニュメントを手掛け、同年末にはニューヨークでの展覧会を開催し高い評価を得る。代表作に、「アスリートシリーズ」「グリーンアイズシリーズ」など。
(右)株式会社上向き 代表取締役 白坂大作
千葉県出身。健康産業(株式会社ルネサンス)等の経験を経て、株式会社ボーダレス・ジャパンが運営する「ボーダレスアカデミー」にて本格的なビジネスプランに着手。「今日より明日をより良い社会に」を掲げ、株式会社上向きを創業。「エコフレンドリーな社会を創造する」ため、大豆ミートブランドSoycle(ソイクル)を展開している。2024年、福岡市が推進する「ソーシャルスタートアップ成長支援事業」の1社に認定。
1,600万円のバナナ
塚本:本日はよろしくお願いします。まず導入として、おふたりの後ろに貼ったバナナについて、触れておきたいと思います。これは、2019年にマウリツィオ・カテランというアーティストが発表した『Comedian』という作品を模したものです。本物のバナナをテープで貼り付けただけの作品なのですが、アートバーゼルという世界最大のアートフェアで1,600万円という値がついたことでとても話題になりました。
白坂:えー。そんな話があるんですね。
中村:本物はバナナ1本で、銀のラップテープで貼られてましたね、確か。
塚本:そうですね。最後は食べちゃったみたいですけど(笑)。
中村:なかなかセンセーショナルでしたよね。みんなの脳裏に焼き付いた。だから、みんなの記憶を買ったってことですね。独り占め。
塚本:まさにそうですね。これは最近の事例ですが、1900年代初頭にも、マルセル・デュシャンというアーティストが、男性用便器にサインして作品として発表したことがあって。美術史の中では「現代アート」のはじまりと言われています。
中村:『泉』ってタイトルをつけてね。美術の教科書にも確か載ってますよね。
塚本:これらは、皆がよく知るものに新しい見方・捉え方を与えて全く別のものに見せるという点で共通しています。既成概念を新しくスイッチして新しい価値を与えるという。
白坂:なるほど。
塚本:こういった事例にあるように、常識とは違う角度や発想で物事を見て、それを伝える力がアーティストにはあるんじゃないかと思っています。
中村:お酒を飲んでいて、最後のもう誰も覚えてないぐらいの深い時間で出る冗談みたいなものを実現させることを現代アーティストたちはやっています。これはいわばK点越え。どれだけ凄いジャンプをして歴史の1ページに名前を残すかっていう。
塚本:例えばアートの文脈でバナナが使われるとアンディ・ウォーホルが想起されるということもあります。歴史の文脈の中に自分がうまくハマる流れを作ることでもありますね。
中村:「あの巨匠以降、何十年も誰もやってないよな。空席になってるな。よし、次は俺だー!」みたいなね。それで「○○の再来」みたいに言われたりして(笑)。
塚本:これはポジショニングなんですね。例えばビジネス視点でも、市場でどこのポジションを狙っていくかという、ブランド論とも近い考え方だと思います。
白坂:なるほど。
塚本:そこで、アートと法人という視点から見てみると、アーティストの皆さんが法人とコラボしていくきっかけを作ることで、新たな活躍の場や良い関係性が作れるんじゃないか。それが福岡の街にとっても、良い循環になっていくといいなと。そんなことを直接お話する機会として、今回の対談を企画しました。
中村:ありがとうございます。ちゃんとこの企画が続くためにも、面白い話にしないとですね(笑)
人の気持ちに寄り添いたい
塚本:おふたりのプロフィールは記事冒頭に紹介するとして、これまでの歩みや想いのルーツについて、聞かせてもらえますか。
白坂:はい。株式会社上向きという会社は、大豆ミートの開発や販売をしているのですが、大豆はあくまで手段で、環境に良いサスティナブルな社会を作ることを目的としています。きっかけは、子供が2020年の春に小児がんになったことでした。ステージ4で危うかったんですが、開腹手術をして、何とか一命を取り留めて。その時に、僕は自分の命をこの子のために使いたいと本気で思って、生かしてもらえた命の未来に対して、自分にできることが何かを考え始めました。そこから、身体に良くて環境にも良いものという観点で、大豆ミートに注目したんです。
塚本:なぜ大豆だったんですか?
白坂:大豆は畑のお肉と言われるように、タンパク質の含有量が他の野菜と比べて圧倒的に高いのが特徴です。今、世界ではプロテインクライシスと呼ばれて、2050年に人口が100億人に達すると、動物性タンパク質が不足すると言われています。その中で、日本人にとっても馴染みのある大豆に、大きなポテンシャルを感じました。ソイクルの特徴は発芽大豆を使っていることです。温度や水分量でわざとストレスをかけることで旨味と栄養価が高く、臭みが少ない大豆になります。
塚本:なるほど。
白坂:食べ物ですから、利用者にとっては美味しいことが第一。でもそれだけじゃなく、身体に良いとか環境に配慮されていることで、優しい気持ちになれるというのも大事な効果だと僕は思ってます。利己的じゃなく、利他的で優しい社会を作っていきたい、それが事業の本当の目標でもあります。
塚本:お肉を代替するという生活習慣だけでなく、目に見えない、気持ちの部分までを変えていきたいということですね。ありがとうございます。では中村弘峰さんの歩みも、教えてください。
中村:うちは代々人形師の家系で、今年で107年目の家業になります。家の中に仕事場があって、父も祖父もそこで働き、お弟子さんもいて、という少年時代。朝昼夜とご飯を一緒に食べて、お風呂は祖父から順番に入るという、古式ゆかしい相撲部屋みたいな(笑)環境で、小学校から帰ると家の仕事場が遊び場でした。 お弟子さんとかが「おかえり4代目」と言うので、「俺、4代目なんだな」という自覚は早くからあり、半ば洗脳されたように、保育園の卒園文集に「将来の夢は人形師」と書いてしまっていて(笑)。それから大学で彫刻を学び、実家に戻って父に弟子入りをし、5年修行してから自分の作品を作るようになって、現在に至ります。
白坂:すごい人生ですね。
中村:中村人形における人形の定義は、「人の祈りが形になったもの」です。例えば雛人形は「子供が健やかに育ちますように」という祈り・願いを人形に託して飾りますよね。逆に言うと、人の祈りに形を与えることが我々人形師の仕事だと捉えています。そこから派生して、従来の博多人形では使われてこなかったモチーフなども、祈りを込められるものであれば積極的に使って、アートの文脈でも評価いただけるようになってきました。
塚本:おふたりのお話を改めて聞くと、優しさや祈りという、人の気持ちに寄り添うという共通点がありますね。今日はここから、アーティストの持つ視点や力が法人の成長にどう活かせるかを、意見交換していきたいと思います。
競争相手はライバル?同志?仲間?
白坂:先に私の方から今、事業においてどんなことを考えているかをお話ししますね。私たちは、大豆ミートや大豆を使ったプロテインの開発などをしてソーシャルインパクトを出そうとしているのですが、この問題の本質は、お肉を食べている人が多いというよりは、知らない間に環境負荷に加担してしまっている人が多いということだと思うんです。これを解決するには、「知らない」を「知る」に変える必要がある。だから、ソイクルはあくまで入り口やきっかけで、意識的に環境負荷の低い選択ができる人を増やすことが大事だと思うんです。
中村:その課題意識、よくわかります。日本の伝統工芸って、マテリアルはほとんどが自然由来なんです。人形だったら粘土と自然由来の絵の具、筆は動物の毛ですし、軸は竹。でも最近は材料屋さんが軒並み廃業に追い込まれていて、僕から先の世代になってくると伝統工芸も続けられなくなってくる。だから、環境に対するアクションは、僕らにとっても重要な問題で、そこからこんなノートを作りました。100%竹から作った竹紙のスケッチブックで、鹿児島・川内の放置竹林の竹材を利用しています。
塚本:これはいいですね。
中村:こういったアクションは自分でもしてるんですが、白坂さんのようにビジネスとしてスケールすることを目指すとなると、また違った問題が出てくると思います。というのは、資本主義社会の中で勝ち抜くゲームとしてスケールすることを考えると、結局はライバルを潰して市場を押さえていかないと生き残れないですよね。でも僕なんかは、その根本にある前提とかルールが合ってるんだろうかって疑っちゃいます。だって、同業者である大豆ミートメーカーと一緒に成長した方が、社会に大豆ミートが普及するのは早いですよね。
塚本:ソーシャルインパクトを本当に追求するならその方が良い、と。
中村:そう。競合も含め、どういう社会を作っていけるのかな、ということに興味があります。お互いに高め合いながら 共存して社会が変わっていく、みたいな方法が資本主義の中にうまく取り込めたらいいのになっていう。M&Aだと若干違う気がするんですよね。そうじゃない方法がトレンドになったりしたら面白いのになと思います。そういう意味で、ソイクルが圧倒的なシェアを獲る必要もない気がします。いろんな人がいるから、白坂さんの想いに共感してくれる人もいれば、ちょっとデザインとか細かいところは好みじゃないけど、大豆ミート自体は良いと思っている人もいるわけですよね。その時に、競合が存在することで受け皿となり、なるべく多くの人を取りこぼさずに広げていけた方が良いですよね。
白坂:めっちゃいいっすね。発想がすごい。
中村:その話で思い出したのが、香港のアートスクールに留学した友達から聞いたんですが、その学校で初日にこんなことを言われたと。「世の中には、人が楽しめるたくさんのエンターテイメントがあります。ディズニーやネットフリックスなどです。そこで満足できる人は、たくさんいます。でもそのメッシュからこぼれ落ちていく人もいます。そこでは心が満たされない、悲しみが癒えない人がいます。その下の下、すべてのメッシュをすり抜けてしまった人のために、現代アートというメッシュがあります。アートとは、一番最後の人の悲しみを救うためにあるのです。それをあなたたちはこれから、1年間かけて学びます」と。これはすごく大事なメッセージだなと、聞いて思ったんです。僕がつくる人形で癒され救われる人もいるかもしれないけど、僕のメッシュからもすり抜けて救われない人がいる、という前提を持っているかどうか。自分のメッシュは社会の中でどこの位置なのか。自分のメッシュからこぼれ落ちる場合は他の人に任せるとか協力していくとか。そんなことをいつも考えていたいです。
白坂:とても良い言葉ですね。自分の事業に関して言うと、僕は3年間このブランドをやってきて、最初は「他社よりうちの大豆ミートの方が美味しい」と言ってきたんですが、途中からそれも嫌だなと思い始めて。「他よりこっちの方がいい」。そんなことを言うブランドになりたいわけじゃないと思って。他と比較して良い悪いではなく、まさに自分のメッシュがどこかについて考えた時に、ブランドの位置付けを「大豆ミートブランド」から、「タンパク質が取れる発芽大豆フレークブランド」に変えたんですよね。大豆ミートブランドは他にもあるので、違うポジションに移ろうということです。ちょうど昨日も、あるスーパーに提案に行ったんですが、この想いに共感してくれて、採用を即決いただきました。他と何が違うかを語るより、自分のビジョンや使命を語る方が、よっぽど大事だなと、改めて思いましたね。